1-1

4/18
前へ
/178ページ
次へ
日本に声明が出されたのは6年前だった。 朝からニュースは、世界を蹂躙[ジュウリン]するライトニング帝国からの通告を再三報道し、国会内の会談の映像が流されていた。 それから一月の間に、日本は世界の流れに飲み込まれる形になる。 まず決定を下すよりも早く、アメリカ合衆国の通達が来たのだ。 “ライトニング帝国の属国となるならば、全ての輸出入を今後一切拒否する” 多くの面でアメリカに頼っていた日本は、その宣言に戸惑った。 ライトニング帝国からの要請を拒否すれば、日本は軍事介入を受けてあっという間に滅ぼされるだろう。 しかし、要請を受理すればアメリカからの援助が無くなり、日本の内部が枯渇する。 二つの大国に挟まれて、日本は身動きが取れなくなったのだ。 すると、そこで日本の当時の天皇陛下が、一つの提案をした。 それはライトニング帝国の皇帝陛下との、一対一の会談だ。 この会談は実現した。 意外にもライトニング帝国皇帝はそれを快く受け入れ、彼自身が日本に来て京都の料亭でそれは行われた。 しかし、結果的に交渉は決裂。 その理由は料亭を一人の男が襲撃した為だっだ。 まだ若い男は刀とサブマシンガンを持ち、異様な戦闘力で護衛を薙ぎ倒し、瞬[マタタ]く間にライトニングの皇帝に向けて発砲した。 しかし皇帝は同時に軍人でもあり、傷は負っても死ぬことは無かった。 この事件を受けて、ライトニング帝国は日本への進軍を決定。 一年間の戦争は、世界の予測通り日本の敗北、ライトニング帝国の勝利に終わった。
/178ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加