序章・虎と竜

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十二月十九日。 その日の寅之助は、放蕩の悪虎という呼び名どおり、長屋町のゴロツキ達と路上に座り込み、チンチロリンやオイチョカブなどの博打遊びに興じていた。 この長屋集落を、人は神谷町と呼ぶ。 町民のほとんどは百姓以下という身分で、藩の人別帳に名前すらない。他藩で盗みや殺し、火付けなどの罪を犯し、行き場をなくした流れのおたずね者が、終の住処として集まって出来たのが、この集落だった。 いわば世の中のはじかれ者だけが暮らす町である。 そんな場所に、彼らと同じような顔をして、村山虎之助はいつもこの町に出入りしている。 だが彼のその身分は水石藩町方定廻り衆、与力の家柄に生まれた、れっきとした武家の息子であった。 父親はその与力という身分として乗馬も許されているし、藩主にも、じかに謁見できる上級武士である。 その息子となれば次男坊であっても、このような場所に頻繁(ひんぱん)に出入りすることは許されない。 しかし寅之助という男は、そんな事を歯牙にもかけなかった。
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