序章・虎と竜

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むしろこの若者は、神谷町の方が、よっぽど自分の性に合っていると思い、家柄だとか、よそ様の目だとか、そんなことは気にしない。 道端に茣蓙(ござ)を敷き、お天道様の下で昼間から酒を呑み、花札やチンチロリンをする。それが彼のこの上ない娯楽である。 武家の放蕩(ほうとう)息子と言ってしまえばそれまでになるが、寅之助はここの人間と博打遊びをするのが楽しい。しかしそれよりもまず、この神谷町に住む人間が好きだった。 ここに住む者たちには金持ちや上下の身分など関係もなく、やれ礼儀だ、しきたりだ、学問だと、せせこましい煩(わずら)わしさが無い。 ただ、みんなが横一線の貧乏で、ただ横一線に太陽の下に生きている。 困った事があれば、この町の人間は当たり前のようにみんなで助け合うから、誰しも生活に苦痛を感じていない。 ここには人間の生活の原点がある。 寅之助は常々そう感じていて、彼らの生活をうらやましく思っている。 そういう人と人の遠慮のない繋がりが好きだった。 毎日むずかしい顔をして、威張りながら町を歩く武士よりも、よほど人間らしく感じるのだった。
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