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だから幼い頃から、家人の目を盗んでは家を出て、いつもこの町に出入りしていた。
今や寅之助と長屋の住人たちは、実の家族と変わりない間柄になっている。
だが、件(くだん)の事件につながる火種は、この何気ない穏やかな日に起こった。
神谷町の集落入り口辺りがやけに慌ただしい。
目を向けると数人の武士が姿を現し、何やら口上文を読み上げている。
「神谷町住人は聞くべし!来たる十二月末日までに、この町の住人は長屋を退去すべし。人別帳に記載ある者は藩内の他村へ移住を許可する。
又、人別帳で身分改めの出来ぬ者は只今より、この場にて詮議(せんぎ)し、心身怪しき者は投獄とする」
現れた武士は水石藩の役人のようである。口上書の内容は唐突で実に一方的であり、町は一気に騒然となった。
「何だあいつら……、無茶苦茶な事を言ってやがる。この長屋の奴らなんて、実際どいつもこいつも人別帳に名前なんざありゃしねぇ元罪人ばかりじゃねえか……。
ふざけやがって、まさかあらかた投獄する気じゃねえのか」
寅之助の博打仲間である茂吉が、腕をまくり上げて憤慨(ふんがい)している。
その言葉をきっかけに、神谷町のあちこちから、不満の声が上がった。
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