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「まだ時間あるし、ヒマだよね」
「だよな。なんか着くの早すぎた」
俺達の地区からだと電車の都合上始業時間よりかなり早く着いてしまうようだ。もう1本遅い電車だと間に合わなくなる。
「大塚って部活決めてんの?」
「ちょっと恥ずかしいんだけどさ、演劇部に入ろうかなぁって……」
「演劇?」
「うん、演劇。あたしさ、女優さんになりたいんだ」
先程と全く変わらない笑顔で大塚は将来の夢を教えてくれた。少し恥ずかしそうに頬を染めて。
「優人くんは将来なりたいものとかあるの?」
「ん、無いッスね」
「あは、つまんないっ」
大塚が笑う。ナチュラルブラウンの髪が揺れる。その笑顔はどこか見覚えのあるものだった。
……似てる。
“あいつ”を思わせる笑顔だ……。
「あ、あれ? どしたの? なんかいきなり暗い顔になって」
「え、あ、いや、なんでもない」
困り顔になってしまった大塚にそう答えると彼女はまたころころと笑い出した。笑顔の方が似合う子だが、その表情(カオ)を見るのは、俺としては複雑だった。
大塚のような明るい子と話していると時間はあっという間に過ぎていく。いつの間にか時間になっていたようで、教室のドアがガラリと開いて担任の先生が入ってきた。斉藤先生というそうだ。
彼が入ってきて軽く挨拶をして、俺達は入学式のために体育館に移動した。
正直な話、俺はこの手の式典やら何やらが大の苦手である。話など10分の1も聞いていない。入学式で覚えているのは俺の目の前に座っていた、やたらと眠そうな短髪の男子生徒だけだ。こくこくと赤ベコのように頭が動いて面白かった。風波とかいう変わった名字の生徒だったはずだ。
「ね、アド交換しようよ」
教室に戻った最初の大塚の言葉はこれだった。彼女の手にはすでに白い携帯が握られている。
「あ、ごめん。俺今日携帯持ってきてないんだよね」
嘘だ。本当は持ってきている。
ただアドレスを交換したくなかっただけだ。
「うそつき。さっき携帯いじってたじゃん」
「えっ? そうだっけ?」
目を丸くする俺。言ってから気付いた。俺は今日携帯をいじってなどいない。これは誘導というわけか。
「ほら、持ってきてるじゃん」
まんまと引っかかった俺に澄まし顔を見せ付ける大塚。俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
断るのも面倒だし、とりあえず俺は大塚とアドレスを交換することにした。
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