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海の見える小高い丘にたどり着いたドッツ少年と兄のユーリスが、夜の空に目をやると、彼方には整然とならんだ魚の鱗のような流星の群れがはしっていたのです。
夥しい流星のうち、あるものはサラマンドラの燃える尾のような深紅、またあるものは地底の奥深く、いまだ誰にも知られることなく流れる地下水のような群青、さらには白緑、橙、胡桃色、象牙色、山吹、菖蒲、杏色、インディゴ、萌木、スチールグレー、この世界に溢れるありとあらゆる色彩は言うに及ばず、宇宙の涯に潜在していた名も無い輝きさえも、今晩の空には含まれているようなのです。
ドッツ少年は兄に尋ねました。
「あの星たちは、どこに向かっているの?」
ユーリスは、少し微笑んで、ドッツ少年が肩からぶらさげていた銀の魔法瓶をそっと受け取って、中に入っていた氷水をとぽとぽと地面に流しはじめました。
「ねえ、ユーリス!」
いっこうに質問に答えようとしないユーリスにドッツ少年はいらだち、ユーリスの肩を揺すぶりますが、やはりユーリスは魔法瓶を逆さにもって笑っているだけなのです。
その合間にも、流星は数を増し、煌煌と、光に満たされた夜空は、星々のあまりの重量をささえることができず、ゆっくりと落下しはじめます。
水平線がゆっくりとドッツ少年の立っている丘にむかってくるように見えますが、正確には、夜空の暗幕が、だらりと垂れ下がっているのです、それがどんどん向かってきているのです。
このままだと、落下した暗幕がこの丘を押しつぶしてしまうはずなので、ドッツ少年は怯えて涙目になってしまいました。
「ねえ、にげようよ!」
落ちて来る夜空の暗幕のことに夢中になっていたドッツは、魔法瓶がいつのまにかすべての氷水を吐き出し、すっかり空っぽになっていることに気づく余地はありませんでしたし、空っぽになった魔法瓶の底をのぞくユーリスの満ち足りた表情を仰ぐようなこともしませんでした。
「ドッツ」
と、名前を呼ばれ、やっとのことでドッツはユーリスがなにかをやろうとしていることに、気づきました。
ユーリスは肩を二度三度くるくると回したのち、魔法瓶を丘の下へと投げ捨ててしまいました。
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