朝市

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八つ時までもうすぐと云う時間。 珍しく政務に没頭している、かの様に政宗は卓に向かって、手を動かしていた。 つらつらと書類を読んではすらすらと筆を滑らせる。 なんとも退屈な作業だが、仕事は仕事としてやるべき事だと、その辺はわきまえている。 ただ時折、あまりにも字ばかり読んでいると、つくづくと嫌になってくる。 そんな時は気分転換に屋敷を抜けだして、近所を視察などに向かったりしていた。 今のは綺麗な言葉でつづったが、要は飽きて逃げて散策に行くと云う事だった。 本日も、ほとほと飽きに飽きていたのだが、今朝方の失敗に外に行く気が失せていた。 実のところ、書類に目を通した際に頭には入ってきてはいるが、片隅で、小十郎の早朝の謎、そればかりをいまだに追っていた。 自分に言えない事…。 一体なんだろう…。 思い付くのは、色恋沙汰ぐらいなものだ。 全くあの男に似合わないが、それぐらいしか思いつかない。 年齢も年齢だから、色恋沙汰の一つや二つがあったところで当然なのだが。 そして、隠しておきたい事となると、こじれているのかもしれない。 痴情のもつれは何かと面倒だからなぁ。 自分には全く縁の無い事だから想像するしかないが。 どの戦の世も、女が絡んでくるとややこしくなるのが常だ。 げに恐ろしきは女とは、よくいったものである。 それにしても、小十郎の好いた相手とはどの様な人間だろう。 可愛らしい娘というよりは、妙齢の凛とした女性ぐらいの方が似合う気がする。 小十郎と同年代か、下手をすると年上でも良いかもしれない。 なにせ小十郎は熟女にモテる。 若い年代は遠巻きに見るぐらいが調度良いらしい。 だが遠慮の無い熟女は力任せに自分の家臣と話す機会を得ようとする。 にこやかに返す小十郎も小十郎だ。 ああでもない、こうでもないと考えているうちに、小十郎の顔の女性が思い浮かんだ。 男女の小十郎二人で並んだ所まで思い浮かべ、慌て首を振った。 不気味な事、この上ない。 今朝方のにこやかな笑顔が頭の中で重なって、ゾワッとした。 何故か鳥肌まで立った。 「やれやれ。」 筆を置いて、体を伸ばす。 自分でも馬鹿な事を考えているとは思うが、気になるのだから仕方が無い。 休憩しないと、やってられない。
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