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ようやく日の光が差し込み、煌めきけぶる白い庭先。
それを横目に廊下を歩く朝の日課は、しんと迫る冬が間近く到来し告げる事を特に感じさせた。
ひととき立ち止まり眺めやる。
気が付けば季節は移り変わり、吐く息は白く、歩く板はひんやりと足元から次々と体温を奪っていくようになっていた。
今ごろ気が付くとは、それほど忙しない日々を送っていたのだろうか。
これ以上奪われる前に廊下を抜ける事とする。
自然と早くなる足の回転。
もうすぐここは雪に閉ざされる。
村も、町も、城も。
閉ざされる前にどこぞで一戦交えたいと本気で願ってきた主君。
どうにかこうにか、なだめすかしたのは、つい昨日の事だった。
最後の頃は駄々をこねる子供と化していたかもしれない。
『いやだー!パーリィするんだー!パーリィパーリィパーリィパーリィ!』
主君が二等身になって頭の中で暴れている。
幻聴だの幻覚だのが目の前をちらついてしょうがない。
手をパッパッと振った。
説得とは、かくも難しいものだっただろうか…。
悩めば悩むほど自然に眉間に寄る深い皺。
それがまた何とも物悲しい。
渋くて良いと評判なのを本人は知らない。
年を取れば取るだけ、さらに溝も深くなるだろう。
年を取るといえば、髪の生え際を撫でつけてくる主君はこうも言ってのけた。
『大丈夫か…、これ…。』
腹いせに一本背負いでも決めてやろうか。
そのような事は当然しない。
将来的にはやっちまうかもしれないが。
少しだけ怒りが込み上げてくる。
もし今、誰彼とすれ違う事があれば、相手方は逃げ出すに違いない。
それほど凶悪な顔になっていようとは、当の本人は気が付くような男では無かった。
あれこれと全くの無自覚が甚だしい。
そうこうと騒がしい日常を思い起こしながら歩く廊下の先に主君の部屋が見えてきた。
北の生まれだというのに、めっぽう寒さに弱く、更に低血圧といわんばかりに朝は苦手な主君。
本日もまったく起きている気配が無い。
部屋の前で立ち止まり、障子の外から声を掛ける。
「政宗様、朝です。起きていらっしゃいますか?」
「おう、小十郎。」
珍しく返事があった。
なんぞこれは熱でも出たのではないか。
そう心配した小十郎は、自分が大変失礼な事を考えるとは微塵も思っていなかった。
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