それはまだ序の口で

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くしゃみが止まらない。 そういう時は噂話に決まってる。 そんな迷信で己の体調不良を誤魔化せば、嫌な顔をしてそれを一刀両断する隙を狙う人がいる。 隙あらば沖田を休ませ隊隊長の土方歳三の厳しい監視の目を潜りぬけるようにして巡回に出てきた沖田総司は、鼻をこすりながら灰汁色の空を睨んだ。 この時沖田総司、と聞いて全く知らん顔ができる人間は、こと京の街には存在しなかった。 京都守護職御預の新撰組といえば文久三年に立ち上がった壬生浪士組の改めたところであり、その構成たるは簡単に言えば江戸より来たりし至誠の雑草たちであった。 身分もとなき彼等は剣技のみを頼りに浮世に流行る尊攘の思想を掲げて、治安の悪いここ京の守護にやってきた訳なのだが。 如何せん前半部分が誇張されすぎており、かえって狼藉者の集まりだと非難されていたのも事実である。 さて剣技を極めし荒くれ集団と揶揄された一団の中でも、最も優れたる剣士といって過言でないのが、先のくしゃみ三連発男「沖田総司」である。 そう聞けばかなりの短気なゴツい男を想像するのが筋であるが、彼の場合それは典型的な先入観といえよう。 新撰組の沖田総司を形容するに、まず相応しい単語は「気儘」、次に「奔放」、三に「自由」だ。 要するに自分に素直に好きなように生きてるだけなのに才能があり過ぎて持て余し気味な若人である。 容姿について言及するならば、敢えて詳細は語らないが、天は二物を与えるとだけ言おう。 ただ残念なのは、彼が発するところの言葉の諸々が、得てしてひねくれていたという点である。 そしてその殆どが反抗的であった。
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