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「そう言えばお昼ご飯を食べてなかったなぁ」
緊張感溢れるなか、ふと思いだした風に昌が言った。
「確かにそうだが、今はそんなことを言ってる場合でもないだろ?」
「いやいや、食事は大事だよ? 栄養が足らなきゃ人間思うように動かないからね」
「あぁそうかよ。じゃあコンビニでテキトーに何か買って来るか?」
「うん、そうしようか。あ、そう言えば一条ちゃんは何か食べたいものはある?」
昌が一条の方を向いて訊いた。訊かれた一条はというと目を点にして戸惑っていた。まぁ誘拐された身にも関わらず選択権が与えられていることに驚くのは無理じゃない。
「あ、そうだ。せっかく天王寺に来たんだし、あの『クリスピードーナツ』が食べたい!」
あの『クリスピードーナツ』というのは海外で爆発的人気を誇ったドーナツだ。日本にもチェーン店はあるがその数は少なく、ここらではつい最近できた大型ショッピングモールにしか店舗がない。そのため、連日多くの客が行列を成して買いに来るという。
それを仮にも誘拐された身でありながら躊躇わずにリクエストするなんて、図々しいにも程があるだろ……
まぁ、金持ちのお嬢ってのは、我が儘で図々しくて厚かましいってイメージだったので殊更驚くことはなかったが。
そんな一条から昌へと目線を移した。昌もまた、そんな図々しい一条に呆れることはなかったようで、さらに言えば、共感したようでもあった。
嫌な共感で。
嫌な予感だった。
「なるほど、そう言われると久々に食べたくなってきたなぁ」
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