迷う心3

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この前? 無表情に立ったままの俺を見上げる。 「タカヤさん?」 ふいにタカヤさんは俺の手に唇を寄せたかと思うと、ぺろっと舐めた。 「ひっ」 俺は驚いて反射的に手を引っ込める。 けれど、その手を掴まれて、反対に勢いよく引っぱられた。 俺は体勢を崩して、タカヤさんに抱き止められる。 「あ、の・・・」 俺はすぐに体を離そうとしたけれど、抱きすくめられて思うように動けない。 「タカヤさんっ、ちょっと。」 真横にあるタカヤさんの顔。 もがく俺をめずらしそうに見てる。 「あの、タカヤさん、離してください。」 俺は冷静に言う。 ドアが開く。 入ってきたのは、ユズルさん。 ユズルさんは固まってる。 空気が凍るのを感じた。 「えっと・・・悪い、邪魔した・・・」 えっ・・・。 ユズルさんの表情。 ユズルさんはくるっと向きを変えて出て行ってしまう。 「あ、あのっ、ユズルさんっ」 俺は叫ぶ。 えっと、えっと、つまり・・・俺はタカヤさんを見る。 タカヤさんはきょとんとしてる。 俺はタカヤさんの腕から逃れて、ドアを指差す。 「タカヤさんっ、追いかけてくださいっ。」 「え・・・なんで?」 「なんでもっ。」 俺はタカヤさんを立ち上がらせようと引っ張る。 「大丈夫だって、その内戻って来るって。打ち合わせあるんだし。」 と、暢気な事を言ってる。 だめだ。 全然状況をわかってない。 どうしよう。でも・・・ほっとけない、あの顔。 “可能性がないから”と言ったユズルさんの顔が浮かぶ。 俺は部屋を飛び出して走る。 もうユズルさんの姿はない。 エレベータへ走る。 ちょうどエレベータの扉が開いて人が降りてくる。 藤原さん。 会いたかった。ずっと、本当に。 このまま飛び付きたい。 でも。 藤原さんは、俺が走って来るので驚いているようだ。 エレベータから降りて立ち止まっている藤原さんの横をすり抜けつつ叫ぶ。 「すみませんっ。」 “後でっ”と繋げるつもりが、なぜかその一言を飲み込んだ。 すれ違い様の藤原さんの表情がスローモーションで俺の視界に焼き付く。 俺を追う視線。戸惑った表情。 「マナトっ」 俺を呼ぶ声が響く。 妙に印象的に。 頭の奥で警報が鳴る。
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