迷う心3

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けれど、俺は立ち止まらなかった。 ユズルさんを放っておけない。 そのまま階段を駆け下りて、走る。 走りながら、ユズルさんを探す。 探しながらも、さっきの藤原さんの顔が頭に焼き付いて離れない。 俺を呼んだ声が耳の奥にこだまする。 嫌な予感。 わかってる。そういうことだ。 だから、立ち止まれなかった。 恐くて・・・。 しばらく走ったところにある公園でユズルさんを見つけた。 俺は息を整えながら、近づく。 ユズルさんは俺に気が付くと立ち去ろうとする。 逃げようとする腕を掴む。 「誤解です。」 「なにが・・・俺は別に・・・。」 あ。 ユズルさん、泣いてる。 どうしよう。 「離せって。」 俺の手を振り払う。 払われた手でもう一度ユズルさんの腕を掴んで、抱き寄せる。 ユズルさんの動揺が伝わってくる。 「マナト・・・」 「タカヤさんがふざけただけです。俺のことどうとか、そういうことはありません。」 「わかってるって、離せ」 「ユズルさんの好きな人ってタカヤさんだったんですね。誰にも言いません。ずっと辛かったんですね。」 ユズルさんが息を呑む。 「お前、何言って・・・。」 俺は抱きしめた腕に力を込める。 ユズルさんは抵抗するのをやめた。 俺の肩に顔をうずめて、鼻をすする。 携帯の振動が伝わる。 俺の携帯も、ユズルさんの携帯も。でも、俺たちは出ようとしなかった。 俺も泣きたいくらいの不安に襲われていた。 けれど、泣いてしまったら俺の予感が的中してしまいそうで、恐くて泣けなかった。 ユズルさんを抱きしめながら、頭に焼き付いた藤原さんの顔が胸を締め付ける。 苦しい。 「ありがとう。」 ユズルさんはしばらく泣くと、顔を上げた。 手で涙を拭う。 目が真っ赤だ。 「すみません、ハンカチとか持ってなくて。」 俺は笑って見せる。 「ああ、大丈夫。これでお前に涙まで拭われたら、俺、立つ瀬がないよ。」 ユズルさんも照れくさそうに笑う。 二人でベンチに座る。
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