『ミチシルベ』

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『ミチシルベ』

 【人生を『道』、その道に自分が残した痕跡を『足跡』とするならば、私の道にはきっと、目を凝らさなければ分からない程に微かな足跡しか残っていないだろう。  無難に、安全に、忠実に。  当り障りのない、酷くつまらない道。なんの事件もなく、ただ毎日が過ぎてゆく。  そんな安全で変化のない道だからこそ、逸れることがなく、迷うこともない。  だから、ひどく薄い足跡しか残らない。  そんな、よく言えば安定した、悪く言えば、面白くない道。  ――だけどそれは、道が悪かった訳ではないのだ。  幾らでも、他の道へ進むことは出来た。いっそ道無き道――獣道を進むなり。  ……足跡が弱々しいなら、靴を履き変えれば良いだけのこと。  結局、悪いのは、  道を決め、靴を選び、実際にその道をゆく……旅人(わたし)。  今更後悔しても遅いのは分かってる。引き返すことが出来ないということも、知っている。  同じ場所に戻るには……同じ時間をかけて、回り道をするしかない。  けれど、これは、『人生』という名を冠する道。  生きていなければ、歩むことすら許されない。  道を踏み外し、命を落とした旅人は、歩く足を失う。  もう足跡は、残せない。  だけど、もしまだ私が旅人であった時、それらに気づく事が出来たとして……実際に、行動出来ただろうか?  時間を掛けて、自分にあった靴を探し、自分の思う道を――  ……きっと、無理だ。  だからもし、生まれ変われるなら。  どうか、我侭な旅人でいて――】  「……ふう」  手紙を読み終える。  この手紙は、“記憶を失う以前の私”が書いたものらしい。  数ヶ月前、私は崖からの飛び降り自殺を図った。けれど結局死ぬことはできず、今もまだ、病院で入院生活を送っている。   後遺症も、記憶を失うだけで済んだ。  「――我が侭な、私で」  今の私が意識を取り戻してから、二週間。  これから私はどうするべきなのか、迷っていたけれど……手紙を通して、彼女が、そう言うのなら。  「それを、私のミチシルベにしてもいいよね――私?」   
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