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『空は白く霞んだまま』
――都市。
やわらかい土に、硬く濁ったアスファルトで蓋をして。
灰色のビル達が壁のように、迷路のように入り組んでしまった、ひどく冷たい世界。
――冷たい世界のはずなのに、そこから人が絶えることはない。
まるで、流れゆく川のように、自然に動いていく人々。
鳥のように真上から俯瞰して見たなら、きっと蛇のように見えただろう、長く長い、人の流れ。
その流れのひとりひとりには、ひとりひとりの目的があって、辿り着く先は、やはりひとりひとり違うのだろう。
――なんとなく、流れを成しているひとりの青年の姿を、目で追ってみる。
ゆらゆらとした人の流れから、逆らわないよう、するりと進んでゆく青年。
だけど、さっきまで見えていた青年は、流れ星のように、消えてしまった。
(……見失っちゃった)
――それから、何度も何度も、流れの誰かを決めて目で追ってみるけれど、やっぱり途中で、見失ってしまう。
どうしてだろうと考えて、私はひとつの事実に気づいた。
(誰も、空を見ていない)
と、いうより――誰も、“見上げる”ということをしていないのだ。
下を向いている人々はみんな、どれだけ服や髪型に特徴があっても、流れの誰かに紛れてしまえる。
だから、消えてしまったように見えたんだ。
(……それは、私も)
人々の流れを見下ろしていた私も、空を見ない、流れのひとり。
(―――……)
冷たい世界。
壁のようなビル――土を覆うアスファルト。
なににも塞がれていないはずの空は、
白い霞に、包まれていた。
……みんなは気づいていたのだろうか。
上(そら)も、閉じていたことに。
私は、長い長い階段を降りる。
降りきった私は、流れに紛れ込むようにして、進んでいった。
別の私が見失わないように、
霞の空を、見上げながら――
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