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「行くな」
目の前の口が吐き出した切ない呟き。
その意味を悟るより早く、かすめ取るように、あぐりの口端に阿仁の唇が触れた。
「ん、……!」
触れた瞬間離れたそれに、あぐりの目が見開かれる。
と、同時に理解が追い付き、込み上げてきた羞恥心に首まで赤く染めた。
「な、なに……っ」
その鯉のように開け閉めされる口を見上げて、阿仁は苦笑を浮かべた。
何かを押しこらえているような、やり切れないような溜め息と共に。
「――……なんて、言えるワケ、ねぇよなぁ」
「……へ」
「んな顔されたら、こう言うしかねぇよ……“行ってこい”」
呆けたままのあぐりの頭に、ぽん、と手を乗せて微笑む。
「今まで散々待たせた俺が、待てねぇなんて、言えねぇよ」
本当は、何としても行かせないつもりだったのだけれど。
あぐりの眼差しが、阿仁の決意を揺るがした。
必ず戻る、と言った時の顔。
――懐かしい顔、しやがって。
その強さと真っ直ぐさに、思わず黙り込む程の既視感に襲われた。
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