第二十九章:「かなし」

17/21
1513人が本棚に入れています
本棚に追加
/1299ページ
それは昔、猫に干物を分け与えた時の、「生きたい」と言った時の、強い願いのこもった眼差し。 出会った頃から阿仁が惹かれてやまない、嘘や裏を持たない“あぐり”の眼差しだったから。 自分の嫉妬で、その真っ直ぐな目を汚したくない、と思ってしまった。 あぐりは本当に戻ってくるだろう、と信じ始めてしまったのだ。 ただ、そう認めても、内心では自分だけが恋い焦がれているような気がして悔しくて、困らせてやろうと、つい口付けた。 結局、その赤面を見てしまえば余計行かせたくなくなって、止せば良かったと後悔したのだが。 ――この俺を翻弄しやがって。生意気なんだよ、あぐりの癖に。 今だって、内心ではそう思っているのに、 「いい、の?」 不安げに覗き込むあぐりの下がった眉尻を見れば、口は裏腹に言葉を紡ぐ。 「死んだ男を待ち続けたお前に比べれば、生きてる相手を待つなんざ、楽なもんだ」 嫉妬も本心なら、この言葉も間違いなく本心で。 阿仁は諦めたように、笑って肩を竦めてみせた。  
/1299ページ

最初のコメントを投稿しよう!