始まり

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「母さ…」 更夜はその紅い瞳を見開いて、ただ一点を見ていた。 養母に拾われてから、8年経った頃である。 床に座り込んだ彼女の瞳の先には、養母が目を閉じ横たわっていた。 更夜の右足は膝から下が異常に膨らみ、爪は青く変色していた。 二人が住んで久しい家は、その貧しく慎ましやかな生活に似合った整然とした家だった。 しかし、今は本や家具が乱雑に床に散らばり、以前の姿は見当たらない。 更夜は起き上がりもせず、床を張って養母の下へいくと、そのまま体を抱え上げた。しかし養母からの返答は無い。 彼女の周りには血だまりができている。抱え上げたせいで更夜の服は赤く染まっていった。 「誰か…助けてぇ…助けて…」 また呟いて、更夜は顔を埋める。 養母の既に冷たい身体が体温を奪っていくのが分かって、更夜は瞳を閉じた。 「母さん…母さん…」 何度も、何度も更夜は呼び掛けた。 しかし、腕の中の母は一生、その声に答える事はないのだ。 抱き上げてしまったせいで薄く目を開き、口を開いた養母の土気色した顔に、更夜は目をやる事はなかった。
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