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「……賊が入ったか」
いくら時間が経った時だろう。
日が落ちて、昇って、また落ちてー
その時に男の声がした。
「母親を殺されたか…」
更夜は顔を上げなかった。
涙もすっかり果て、声も出さなかった。
腹も空かず、喉も乾かなかった。
ー叶うならば、このまま母と共に死にたい。
更夜は漠然とする頭で一心に願った。
しかし、更夜にはそれが出来ない理由があったのである。
「オレは仙人だ」
「仙人…?」
男の言葉に、やっと更夜は顔を上げた。
仙人ーもう一つの世界、魔界に存在する者。更夜は養母にそう教えられていたからである。
仙人は魔法を使い全て思い通りに物事を成せるというのが、この世の常であった。
そう思い出せば、頭がはっきりと動き出し、胸の奥にじんわりと温かみが広がって、一気に力が戻ってきた。
「仙人様…何でも出来るんですよね!?お願いします!母さんを…母を助けて下さい!」
更夜は母を抱いたまま、男の足にすがりつく様に頭を下げた。
しかし、男は表情を変えないまま否、と唱えた。
「無理だ…死人は生き返らない」
「なんで?仙人なんでしょう!」
顔を上げれば声がかすれた。
足に痛みが戻っていく。更夜は戻ってくる感覚に気付いたが、それはまたすぐ消えていった。
「無理だ…」
「そんな…助けて…」
更夜は喉から声を絞り上げ、赤茶色の髪を頬に落とした。
母の顔を見る事は、もう出来なかった。
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