始まり

5/7
前へ
/579ページ
次へ
「……賊が入ったか」 いくら時間が経った時だろう。 日が落ちて、昇って、また落ちてー その時に男の声がした。 「母親を殺されたか…」 更夜は顔を上げなかった。 涙もすっかり果て、声も出さなかった。 腹も空かず、喉も乾かなかった。 ー叶うならば、このまま母と共に死にたい。 更夜は漠然とする頭で一心に願った。 しかし、更夜にはそれが出来ない理由があったのである。 「オレは仙人だ」 「仙人…?」 男の言葉に、やっと更夜は顔を上げた。 仙人ーもう一つの世界、魔界に存在する者。更夜は養母にそう教えられていたからである。 仙人は魔法を使い全て思い通りに物事を成せるというのが、この世の常であった。 そう思い出せば、頭がはっきりと動き出し、胸の奥にじんわりと温かみが広がって、一気に力が戻ってきた。 「仙人様…何でも出来るんですよね!?お願いします!母さんを…母を助けて下さい!」 更夜は母を抱いたまま、男の足にすがりつく様に頭を下げた。 しかし、男は表情を変えないまま否、と唱えた。 「無理だ…死人は生き返らない」 「なんで?仙人なんでしょう!」 顔を上げれば声がかすれた。 足に痛みが戻っていく。更夜は戻ってくる感覚に気付いたが、それはまたすぐ消えていった。 「無理だ…」 「そんな…助けて…」 更夜は喉から声を絞り上げ、赤茶色の髪を頬に落とした。 母の顔を見る事は、もう出来なかった。
/579ページ

最初のコメントを投稿しよう!

296人が本棚に入れています
本棚に追加