始まり

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男は更夜の前に座り込み、その手の中の養母の顔に手を這わせ、薄く開いた瞳を閉じてやった。 皮膚は柔らかく、血と、僅かに腐敗した混じった臭いが鼻についた 「母親は…出血多量か…どうやら腹の傷が悪かったんだな…」 更夜は何も言わなかった。 「不憫な…医者がいれば、こんな死に方はしなかっただろうに」 男は目を細くして、更夜を見た。 垂れた髪の隙間から、更夜の表情を見て取れた。目を閉じ、口も閉じた表情である。 それが慟哭を必死にこらえているのか何なのか、男には判断が出来なかった。 しかし、その顔で、彼は決意した。 「お前、仙人や医者にならないか?」 「仙人…医者?」 更夜は怪訝そうに呟いて彼を見た。 更夜はようやく男と向き合ったのである。 男の髪は、更夜の瞳と同じ、赤黒い、紫めいた不思議な色をしていた。 「あぁ…そうだ。 お前には魔力がある…仙人になって、医術を学べ!」 「医術?」 突然の言葉に混乱しながら、更夜は問う。 「あぁ…お前の母親みたいな死に方をする奴が減る…」 男は言うと、更夜の肩に手を置いた。 大きな、暖かい手だった。 その瞬間、更夜の脳が一気に動き出した。 「…仙人になれば、母さんみたいな人はいなくなるの?」 声が震えた。 母の優しい声が蘇って、喉になにか上がってきた。 「あぁそうだ」 男は確信を持ち、頷く。 更夜の生きた表情を信じ、肩に置く手に力を込めた。 「それにーこの国が荒廃したのは、魔界の仙人がこの国の王を殺したからだ。その仙人は現世と魔界に戦争をもたらした。 奴は魔界と現世を乗っとる気だ。 分かるか?また同じ事が起きるぞ」 そう一気に畳みかければ、更夜の瞳は一層開かれ、眉が歪んでいく。 「…その仙人のせいでこんな事になったの? なんで?じゃあ私が仙人になれば、奴を倒せるの?」 更夜は低く、唸る。 正常な判断の出来ない脳であったが、それはすんなりと更夜の中に芽吹いていった。 「ああ…」 「…倒したい その仙人を倒したい!」
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