296人が本棚に入れています
本棚に追加
男は更夜の前に座り込み、その手の中の養母の顔に手を這わせ、薄く開いた瞳を閉じてやった。
皮膚は柔らかく、血と、僅かに腐敗した混じった臭いが鼻についた
「母親は…出血多量か…どうやら腹の傷が悪かったんだな…」
更夜は何も言わなかった。
「不憫な…医者がいれば、こんな死に方はしなかっただろうに」
男は目を細くして、更夜を見た。
垂れた髪の隙間から、更夜の表情を見て取れた。目を閉じ、口も閉じた表情である。
それが慟哭を必死にこらえているのか何なのか、男には判断が出来なかった。
しかし、その顔で、彼は決意した。
「お前、仙人や医者にならないか?」
「仙人…医者?」
更夜は怪訝そうに呟いて彼を見た。
更夜はようやく男と向き合ったのである。
男の髪は、更夜の瞳と同じ、赤黒い、紫めいた不思議な色をしていた。
「あぁ…そうだ。
お前には魔力がある…仙人になって、医術を学べ!」
「医術?」
突然の言葉に混乱しながら、更夜は問う。
「あぁ…お前の母親みたいな死に方をする奴が減る…」
男は言うと、更夜の肩に手を置いた。
大きな、暖かい手だった。
その瞬間、更夜の脳が一気に動き出した。
「…仙人になれば、母さんみたいな人はいなくなるの?」
声が震えた。
母の優しい声が蘇って、喉になにか上がってきた。
「あぁそうだ」
男は確信を持ち、頷く。
更夜の生きた表情を信じ、肩に置く手に力を込めた。
「それにーこの国が荒廃したのは、魔界の仙人がこの国の王を殺したからだ。その仙人は現世と魔界に戦争をもたらした。
奴は魔界と現世を乗っとる気だ。
分かるか?また同じ事が起きるぞ」
そう一気に畳みかければ、更夜の瞳は一層開かれ、眉が歪んでいく。
「…その仙人のせいでこんな事になったの?
なんで?じゃあ私が仙人になれば、奴を倒せるの?」
更夜は低く、唸る。
正常な判断の出来ない脳であったが、それはすんなりと更夜の中に芽吹いていった。
「ああ…」
「…倒したい
その仙人を倒したい!」
最初のコメントを投稿しよう!