1想いと誓いのカタルシス

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 夜、それは緋雨にとっては長い長い時間である。昼間とは違い、人口の光は夜の街をさんさんと輝かせている。  酒を飲む者、大勢で群がる者、嫌がる女性を襲う者……実に多くの人間の本性が垣間見ることのできる時間帯である。  『血』の起源を覚醒させてからと言うもの、緋雨には睡眠欲があまり現れなくなった。確かに眠いかと言われれば眠いのだろう。だが、それは今までの習慣の名残であり、実際に眠る必要があるかと言われるのなら必要は無いのだ。  眠る必要がないということは確かに便利である。しかし、それは同時に人間としての機能が足りなくなったと言うことの現われでもある。  だから、緋雨は人間として他者を観察する。その行動はきっと、大切な何かを失ってしまわないように行っている、云わば自衛行動なのだ。  人としての在りようまで忘れてしまわぬようにと。 「なずな……君は僕の正体を知っても、また「ありがとう」と言ってくれるかい?」  ベットで眠っているなずなを起こさないように、緋雨はなずなの頭をくしゃりと撫でる。 「父さん、母さん……僕はこの娘のためにもう一度がんばってみるよ」  それは、自分に対する誓いの言葉であったのだろう。自分のように、もう手遅れの人間とは違うなずなに、人並みの幸せを知ってもらいたいという緋雨の願いであり誓いでもある。 「ありがとう……ありがとう、ひさめ……」 「カタルシス……か。なずな、君は僕の心に溜まった澱(おり)を浄化してくれる。僕も君にありがとうって言うよ」  その言葉に反応するように、なずなは小さく可愛らしくくしゃみをし、寝息を立てて気持ちよさそうに眠りつづける。  緋雨が久しぶりに感じた人の温かさは、こんなにもすぐ近くにあったのだ。
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