プロローグ

3/6
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
だが、青年は違った。  誰かの血液を奪うことに罪悪感を感じ、起源覚醒者(オリジン)に虐げられる起源持ち(マテリアル)に手を差し伸べずにはいられなかった。  誰よりも特別な力を持ち、誰よりも心の優しかった青年は―――余りにも人間過ぎた。  その優しさのせいで、青年は幾度も絶望を味わった。生死の境界線に幾度と無く立った。  親しい友人が居た、想いを寄せる人が居た。  その者たちの前で能力を使うたびに、青年の周りからは少しずつ人が離れていった。それでも青年は己の生き方を変えることはしなかった。  離れ行くと知っても、助けたい誰かに手を差し伸べ、感謝され、そして畏怖される。いつでも青年は束の間の幸せを手放すことはできなかった。  そして今、青年は最大の決断を迫られていた。  常人の視力の外の距離にある場所に、三桁では収まらないほどの人間が建物を警備しているのが見える。  凍えるほどに冷たい夜風は、ビルの屋上に立つ青年の身体を無常に吹き荒んでいる。  そんな夜の暗闇に包まれた冷たい世界で、青年は葛藤していた。  「これで失敗したら僕は『不死(イモータル)』の少女を二度と救えない……けど、本当にそれでいいのか、僕は」  たった一度のミスで都市の全てを敵に回すような危険な挑戦。それで得られるものはたった一人の少女の笑顔だけ。  それでも、青年は少女を助けたいと思う理由は二つある。  一つ目は、ついに輸血パックによる血の摂取では肉体を維持させることが不可能になったと言うこと。  二つ目は、過去にたった一度だけ見た少女に「たすけて」と言われたような気がしたから。 「名前も知らない人間に、直接言われたわけでもない言葉のために僕は、全てを敵に回す覚悟はあるのか」  青年の答えは既に決まっていた。  どれだけ自問自答を繰り返したとしても、この問いに対する答えは一つしか持ちえていないのだから。 「はは……僕は、過去の僕と決別するんだろ。誰にも認められないことに苦しんでいた僕と―――」  青年の呆然としていた表情が変わった。  その表情は、葛藤の末に自ら答えを決めたものにしかできないような晴れやかな表情であった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!