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「それは妄想や錯覚などの類ではないのですね?」
「ええ、本当にそう見えるんです。」
そう答えた男は、私の現在の担当の患者である。
なかなか難解な精神患者らしく、大きな大学病院でも手を焼いて、こんな地方の病院に紹介状が回ってきたのだ。
実際、カルテのコピーに目を通してみて、厄介な症状だという事だけは理解できた。
「で、なんでしたっけ? 時間が・・・」
「早く見えるんですよ。先生。」
落ち着き払って、表情一つ変えずに言う。
―『時間が早く見える』
そう言って訪ねてきた男は、一見サラリーマン風の中年男性。
しかしその顔は痩せこけて、明らかに疲れきっていた。
「時間が・・・・・・ 具体的にはどんな風に?」
そう尋ねると、部屋に掛かっていた時計を指差して男は言う。
「どうしてみんな気がつかないんですかね・・・・・・こんなに早く、目まぐるしく時間が過ぎ去っているのに・・・・・・」
カチ、カチ、と時を刻む時計。それ恨めしそうに見つめる男。
被害妄想や自己暗示の強い性質なのだろうか?
「時計ですか? 私には何も異常は無いように見えますが?」
そういうと、男は首を横に振り、
「貴方たちには理解は出来ない。自分たちが急がされているのも、追い掛け回されているのも理解しちゃいないわけですから・・・・・・」
そういって男は黙り込んでしまった。
なるほど、かなり重症であることは明らかなようだ。
一呼吸おいて、さらに質問を投げかける。
「いつ頃からそういう症状が出るようになったんですか?」
すると、今まで黙っていたとこがまた喋り始めた。
「半年前、ふと時計を見ると何か引っかかるようになり始めました・・・・・・はじめは疲れてるだけなのかと思っていましたよ。だけど、日に日にその感覚が確かになり始めてきて、最後には理解しました・・・・・・ 自分が時間に追いつけなくなっているのを・・・・・・」
「時間に追いつけなくなる・・・・・・?」
一気に非現実的な話になってきたため、理解に時間がかかる。
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