CLOCK

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「ええ。時間に追われ過ぎて時間に追い越されてしまったんです。朝は出勤時間に追われ、昼は仕事に追われ、夜は冷め切った家庭に追われ続ける毎日。走っても走っても絶対に逃げ切ることは出来ない。一度追い越されたら二度追いつくことは出来ない・・・・・・」  少し自嘲気味に笑うと、また壁に掛かった時計を見つめる男。  時間に追われる・・・・・・か。現代人なら、誰しも時間に追われているといえるだろう。  学校や、会社、家事、何をするにも必ずと言っていいほど時間が密接な関係を成している。  だが、それが現代のルールであり、絶対の定義でもある。時間に制約された空間でしか人間は生きられない。  その絶対のルールが厳守できない、つまり重度の『社会不適合者』として、この男はこの病院を訪ねてきたのだ。 「追いつく事が出来ないと言うはおかしくありませんか? あなたは私と同じ時間を生きているではないですか。」  そう言うと、男はクスクスと笑いながら、壁に掛けてある時計の真下まで歩いていった。 「それが理解していないというんですよ、先生。私と、先生が同時に存在しているのはこの空間、この部屋であって、時間ではない・・・・・・」 「同じ部屋、同じ空間にいるということは、時間を共にしているということでしょう?」  この男の話は訳が解らない。  訳が解らない以上に、この男が何を考えているのか、ということに興味を持ち始めている自分がいる。  この男の話を、病人の戯言と片付けて処理するのは簡単なことだが、何故かそうしてはいけないという気分になっていた。 「そもそも、あなた達は時間というものの意味を履き違えている。」 そういうと、壁に掛けてある時計をはずして私に見せる。 「この道具は何のために使うものですか?」  男の手の中で、カチカチと時計を刻み続ける時計。 「時計です。時間を知るための道具ですよ。」  そう言うと、男は時計を掛けなおして、椅子に座りなおす。  ほぅ・・・・・・とひとつため息を突いて、頭を垂れながら話し始める。 「時間と言う見えもしないものをなぜ知ることが出来ると・・・・・・?」 「見えないものだからこそ、可視出来る様にする為に時計が・・・・・・」 ―可視出来る様ににする為に作られた道具・・・・・・?
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