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「……誰も、いない…」
少女は、ここはいつ来ても大体誰かが店に来ているイメージを持っていたが、流石にこの非常事態に店に来ている人はいなかった。
構わず少女が自動ドアを潜ろうとすると、自動ドアは頑として開こうとせず、少女はそのまま自動ドアに額をぶつけた。自動ドアは後で屋上な。
「…痛い……」
自動ドアが開かないとは思っていなかった少女は、ぶつけた箇所を右手で押さえて俯き、目に涙を浮かべながら痛みに耐えている。可愛いから許す。
やはり、ウニクロの様な店にも電力は来ていない様だった。少女は諦めて、自動ドアを手動で開ける事にする。ドアとドアの僅かな隙間に指を引っ掛けて、無理矢理こじ開けるアレである。
少女はゆっくりと右手を動かし、撫でる様に優しくドアの隙間に指が入れられ、なかった。いや、入らなかった。どうやら、少しばかり乱暴にこじ開ける必要があるらしかった。
「…ダーク、ウサ、ちゃん…ちょっと、座って…待ってて、ね…」
抱えていると邪魔に…いや、必要以上のハンデになってしまう為、ダークウサちゃんは少女の応援に徹するという役目を与えられた。
両手がフリーになった所で、少女はホログラムの様なキーボードを目の前に出現させた。そして、カタカタとピアノを演奏するかの様に指を動かして、何かを打ち込んでいく。
一際大きい音を合図に、キーボードは形を失って消えた。そして、ダークウサちゃんの表情が勝利を確信した様な表情に変わった。もし本当にそう見えて来たら、眼科か精神科にでも行った方が良いと思う。
少女は真剣な面持ちで、自動ドアと向き合う。絶対に負けられない戦いが今、始まろうとしていた。ところで、自動ドアを手動で開けるだけの場面にここまでの描写と時間を費やした人は、あまりいないのではないかと思う。
「……んん~~~っ…」
少女の繊細さが余す所無く体現された指先が、今度こそドアとドアの隙間に入れられ、人が一人通れるくらいの隙間を作った。そんな事より、少女の掛け声が可愛い過ぎる件について自重しようぜ。
敗北した自動ドアを満足そうな顔で見ると、少女は応援の役目を見事に果たしたダークウサちゃんを抱え上げ、嬉しそうに抱き締めた。いいぞ、もっとやれ。
遂に少女は念願のウニクロに入店する権利を手に入れ、勝利の余韻にルンルン気分で浸りながら自動ドアを潜ったのだった。
…静かに近付いて来る影に、気付く事が出来ずに。
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