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「…あれ…全部…ドラゴン、なのか…?」
アキの脳裏に、あの空ろな目で見上げてくる何かが蘇る。壁伝いに落ちる何かと、コンクリートにこびりついたジャムの様な何かが蘇る。こうなると、もう駄目だった。
「!っアキ!!」
膝から力が抜けて、アキは全身を支配した恐ろしい何かに抗う事も出来ず、その場にへたり込んでしまう。アキはドラゴンという存在に対して、どうしようも無いくらいに怯えていた。
情け無い、恥ずかしい、女々しい。自分を卑下する様々な言葉が、アキの頭の中で浮かんでは消えた。その度に、言葉で上手く言い表せない感情がアキを容赦無く責める。そんな中、声が聞こえた。
「…アキ…アイツらが怖い?」
幻聴、若しくは自分の妄想が作り上げた架空の声だとアキは思った。こんな体たらくの自分に掛けられる声は、こんな語り掛ける様な声である筈が無い。そう思ってしまうくらい、その言葉には滲み出る力強さがあった。その力強い声に引っ張られて、アキは声の持ち主を見上げた。
キョウだった。キョウはドラゴンから決して目を逸らさずに、真正面からその姿を見据えている。その凛々しい姿が、アキにとってどれだけ心の支えになったのか、恐らく彼女に知る由は無い。
「…あぁ、怖いよ。俺はきっと、ドラゴンに殺されて死ぬんだって思うと…どうしようもないくらい、怖い…!」
はっきりと、しっかりと、アキはキョウに応える。彼女の様な力強さは無かったが、彼女の様な凛々しさは無かったが、ただ自分の正直な気持ちを答える。アキはやはり、自分の事を情け無く思った。
「クスクス…可愛い」
キョウの口から零れたのは、何度となくアキに向けられた言葉。キョウから笑顔が溢れる。包み込む様な、受け止める様な、そんな笑顔。いつの間にかアキの恐怖心は姿を眩ませ、全身を支配していた何かもキョウの笑顔に払われた様だった。
「…大丈夫。怖くなんかないよ。アタシが全部、倒してやるから」
キョウの手が離れる。しかし不思議な事に、アキは一切の不安を感じる事も無かった。キョウはドラゴンに負けない。まるで、約束された勝利がキョウの眼前に存在しているかの様に思えた。
キョウはこれから、あのドラゴンの群れを倒しに行く。アキに、ドラゴンが怖くない存在だという事を証明する為に。アキはただ、キョウの小さく毅然とした背中を、いつまでも見詰めていた。
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