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……そいつは、灰色の下地に黒のチェックが入った綿のパーカーにダウンを羽織り、ジーンズのポケットに両手を突っ込んで石を蹴りながら近付いてきた。
「よぉ」そいつの声は以前と比べ、随分低くなっていた。
「よぉ。梶」僕はそいつとの偶然の再会を複雑な心境で向かい入れた。――
――梶の家は父が個人病院を経営している代々の医者一族だった。僕らは小学校の六年間をこの町のごく普通の小学校で過ごした。
小学校の入学式の日、梶弘介と河崎孝典は出会った。
梶は、小学生ならではの、気安さと人見知りが入り混じったような表情で話しかけてきた。
「君も、こうすけなの?」――
――「ひとりか?」と梶が聞いた。
「そうだとも。もし二人いるように見えるなら、ここはとてもいい場所だけど二度と来るわけにはいかなくなる」僕は、おどけてそう答えた。
ニヤリと笑った梶は、「そういうところは昔と全然変わってないな」と言った。
僕はいくらか神妙な面持ちで、「そう見える?」と言ってみた。
梶は、「いや。俺も小学校を卒業してからのこの五年ちょい、いろいろあった。いや、いろいろあったと言ってもそんなに大したことは無かったが、まぁ、お前の知らない事が確実に存在する。だからきっと、お前も色々あったんだろ?」と、聞いてきた。
こんな時、「そうなんだよ」と言えたなら、僕もこんなに窮屈な状況に押し込められるはずもなかったんだけど、僕は久しぶりに会った親友にさえ、「まぁ、そんな感じ」と言葉を濁すようになってしまっていた。
彼は呟くように「そうか」と言ったあと、「おい。オリオン座が見えるぞ。今日はなんかいいことあるかもな」とか言いながら、マイルドセブンにジッポで火を点けた。
僕は、今ここでお前と再会したのが、そのいいことなんじゃないの? と言うのを取りやめ、「タバコ、吸うんだ?」と尋ねた。
僕は、高校に入って二年間のうちに身につけた特技がある。「言いたいこと」、「言うべきこと」を喉仏あたりで反射的に「言えること」に差し替えるという技だ。
「あぁ。工業高校の生徒に限っては、十六歳からの喫煙が認められてるんだぜ」と言って、梶は眉尻を中指で掻きながら照れ笑いを浮かべた。
それを見て、僕はものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。――
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