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――「違うよ。ぼくの名前は『たかのり』って読むんだ」
幼かった僕も、自分の名前の読み方という情報には確固たる信憑性を持っていたため、胸を張ってそう言った。
梶は、「えぇー? でも、ぼくのおじいちゃんは『孝典』って書いて、『こうすけ』って読むんだよ」と返してきた。
僕の中に芽生えた一抹の不安は急速に膨張して、さっきまでの自信はどこへやら、「そうなの?」と聞き返した。不安の色を目に溜めた僕に、梶は「そうだよ」と眉尻を小指で掻きながら、照れ笑いを浮かべてそう言った。――
――「悪かったな」僕の口から意図せずそんな言葉が漏れてしまった。
「は? 何が?」
「中三の時、お前が電話してきて、俺に普通の公立高校か、今の工業高校のどっちに進学したらいいか聞いてきただろ?」
「あぁ」
「そのとき、俺がお前に今の高校の方が無難だって言ったから、そのままそっち選んだんだろ?」
僕はこの三年間ずっと気にかけていたことを思い切って聞いてみた。
音をたてながら、今の自分という型のようなものが崩れていくような気がした。
「何を言い出したかと思ったら……ったく。そんな下らねぇこと。いいか。俺は自分が行きたかったから今の高校に行った。そりゃあ、自分じゃ決め切れなくてお前に形ばかりの相談はしたけどよ。本当のところを言うと、お前に俺の選択を肯定してもらいたかったから聞いたわけで。真剣にお前に俺の進路を相談し……」
「分かったよ。梶。分かったから。変なこと言ってごめん。もう気にしてないから」
実のところ、僕の方も梶と同じようにただ、自分の選択を肯定して欲しかっただけなのかもしれないなと思った。
「本当か?」
「本当だよ」
「……なら、いいけどよ」
梶はそう言って、タバコの灰を芝生の上に落とした。
僕も、キャスターに百円ライターで火をつけた。――
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