訪雪

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 ――僕は小学校の六年間を、こうすけとして過ごした。母は、それを知った当初、学校に文句を言いに行ったりしたが、僕が「カジコーがね」と梶の話をしたり、梶が僕の家に電話をかけてきて、「カワコーいますか?」って言うのを聞いていると何も言わなくなった。  小学校六年生のクリスマスイブ。  恋愛のれの字も知らない僕達は、当然の如くプレゼントを待ち望みつつ、抑えきれないエネルギーを発散させるために朝早くから遊びまわっていた。午後3時から始まっていた鬼ごっこも収束しつつあった5時頃。皆は帰っていって、公園には僕と梶だけが残っていた。  二人だけの公園はただひたすらに寂しいものだった。ブランコに二人腰掛け、紫の夕闇の中で僕は自分が公立中学ではなく、私立中学に行くことを梶に告げた。 「なんでだよ!」当然梶は怒った。医者の息子の梶が、私立中学という物騒な(私立というのは公立と違い、僕らの自由を奪い、強制的に勉強という名の重労働を僕達に課す、言わば少年院のような所だと認識されていた)場所に断固として行くことを拒否したのに、公務員の息子の僕が、なぜわざわざそんなところに出向くのか、と。  そりゃそうだ、と僕も思った。思ったけど、当時の井戸端を仕切っていたうちの母親の、見栄か自慢か、小学生の僕にとっては得体の知れないものの強い後押しを受けた圧力に、僕は抗う力を、為す術を持ち合わせていなかった。僕だって行きたいわけ無いじゃないか、という僕の言葉に対し、俺もやっぱり私立に行く、という梶の放った二の句により水掛け論は始まり、生まれてこの方一度もやったことのない拳を交えたケンカをした。僕は結局今に至るまで、二度とケンカをしなかった。あのケンカを超えるような素晴らしいケンカが、この先一回でも出来るとは到底思えなかった。どんな風にしてケンカが終焉を迎えたのかは分からないけど、気付いたらまた元のように二人でブランコに腰掛け、じっと黙ったまま螺が足りない鳥の鳴き声のような音だけが辺りにこぼれ落ちては消えていった。
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