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空はすっかり黒に染まりきり、座ったまますぐ近くの時計を見上げた。
もうすぐ六時になろうとしていた。そのときの僕は、初めて人を殴った興奮と、重く沈むような罪悪感とは言えないまでもそれに似た何か、そして、言いようのない充足感と体中からミリミリと音をたてて発散されていく疲労感でいっぱいだった。
梶が、「なぁ」と言い、「何?」と言い返そうとしたとき、僕らは一瞬にして視力を失い、言葉を失った。いつもは嫌で嫌でしょうがない六時を告げる鐘の音が全く耳に入らなくなるくらい、僕達はその光景に見惚れていた。
公園が何千という電飾で彩られていた。無数に煌めくまばゆい光の粒は点滅を繰り返し、様々な色彩を辺りに放ちながら揺れていた。
「おい」という声で我に返り、梶の方を向くと、梶は泣きながら「すげぇな」を連呼していた。
「梶、泣いてるの?」という僕の問い掛けに対し、「お前こそ」と返ってきたのには心底驚いたけど、涙を通して見るクリスマスツリーは、遠い宇宙を想起させ、それを超越したように思えるほど格別だった。どれだけお金をかけても二度と見られないものだと思った僕はどうにかしてこの景色を心の奥底に刻み付けようとして、結果的に僕は恋人がいなくても暴力が嫌いでも全然意味不明でも、クリスマスと任侠映画と天体観測が好きになった。
別れ際、梶が笑顔で言った。
「俺たち、親友だよな?」――
――「お前。タバコ吸うのかよ」
「さっきも言ったと思うけど」僕は一旦そこで言葉を切り、深く吸い込んだ煙をゆっくり吐きだしてから、「こっちも色々とあったんだよ」と言った。
黙り込む梶に向けてではなく、独り言のようにして僕は呟いた。
「ずっと好きだった女の子にやっとの思いで告白したらあっさりふられてさ。それからしばらく勉強が手につかなくなって、あっという間に落ちこぼれて、頑張れって言ってくれたばぁちゃんのためにももう一度頑張ろうと思った二日後にばぁちゃんが死んで、しばらくふさぎ込んでたらそれまで周りにいた奴らもいつの間にかいなくなってて、孤立して。まぁ、簡単に言うとそんな感じかなぁ」
梶は何も言わなかった。僕もそれ以上は何も言わなかった。そうして僕らは黙ったまま、三本のタバコを費やした。――
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