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――梶は生まれてすぐに母親を癌で亡くしていた。
いつの日だったか、大きな川の脇を走る四車線の道路にまたがった、歩道橋の上でそう聞いた。
僕は右頬に(梶は左頬に)西日を浴びながら、青春ドラマさながらの川面からの光の反射を眺めながら、季節外れの焼き芋を頬張っていた。対岸の芝が綺麗に生えた傾斜を上ったり下ったりして騒いでいる他所の小学校の女の子たちが、ちらちらとこっちを見ていた。距離があったから、何気ない風を装いつつ、がっつり集中してそっちを見ていた僕は、一瞬何と言われたのか分からなかった。
梶は数少ない母の面影を真剣に語り始めていた。髪が抜け落ちる瞬間や、手の冷たさとかを。僕は梶の話を黙って聞いていた。女の子たちは騒いだり静かになったりを繰り返していた。
梶の話が終わったところで、僕は何と言えば言いのか、かける言葉が見つからず迷っていたけど、梶が返事を期待する眼差しを向けてきたから、焦って思わず昨日読み終えた感動系犬物語の一節を口走った。
「食べるものと住むところがあれば天国だ」
梶はコクリとうなづき、続きを催促するような目で僕を見てきた。僕はこんな場面を経験したことなど一度だってなかったから、不用意なことを言ってしまわないかと思いつつ、思い切って自分の思ったままのことを徒然なるままに口にした。
「だからさ。僕は焼き芋も立派な歩道橋も梶もそして、僕らを見続ける女の子達と、綺麗な夕日が揃っている今この瞬間は、天国よりももっとすごいところにいると思うんだよね」
うんうんとうなづき、更に続きを要求する梶。
「だからさ。この世に未練がある幽霊はさ。あの世からわざわざ下界に来なくちゃいけないのかもしんないけど、僕らは、ほら。天国よりすごい場所にいるわけだからさ。梶のお母さんがわざわざ下界に下りて来る必要も無ければ、むしろ天国どころじゃないこっちのすごいところに来れるかもしれないんだよ」
梶の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような気がして、僕は背中に冷や汗をかいた。
「だからさ。つまりさ。梶が幸せでいつでも天国以上のところをキープ出来たらお母さんはきっと偉いぞ。さすが我が息子。って褒めてくれるんじゃないかなってこと」
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