プロローグ 猫鳥の天秤

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内憂外患にあえぐこの国。 最後の訪問になるやもしれぬ。 老いたからだに徹夜を超える行程はこたえた。が、従者と3人、このような危険でしかも非常に退屈な旅程をも珍しみ楽しみ、またのちのち聞く人を楽しませる秘訣を商人バッソは持っていた。 朝方の光にきら、きらり、となにかが反射した。 老商人の心がにわかに沸き立った。 「よろしいですか。なにが起きてもけっして行く末を迷ってはなりませぬぞ。ひとたび方違えなさいましたら、もはやもとの方角に戻る手だてがございませぬ。けして戻れませぬ。サハウーの泉でやすらぐはずが天界に…となりかねませぬぞ。」 アダンの港を出るとき、はたごの主人にきつく言い含められてはいたが。 旅の秘訣とは。 そしてこれまでバッソ一行の命を首の皮一枚でさんざん危うくもし、からがらに救われてもきた理由とは… 彼の旺盛な好奇心なのであった。 もう長く行動を共にしている従者のドーサは、あるじがその見かけの年に似合わない、軽やかな仕草でラクダを降りるのを見て、「またか」というように肩をすくめてみせるだけだった。 いつ戻ってきてもよいように、またいつ自分が呼ばれてもよいように最後尾の年若い従者にはそのままサハウーの方向に、しかしゆっくりと進み続けるように彼は命じ、あるじを見送る。 隊商からさほど離れもしないうちに、「それ」は見つかったようだ。
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