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一年前
桜の木が淡い桃色に染まる頃
私はここ、ひなた島に来た。
正確に言えば、気が付いたら"いた"。
自分の名前も記憶もどこかへ置いてきてしまったカラッポな私がいた。
"記憶喪失"
そんな言葉を思ったのは
ずっとあと。
"真っ白"
そんな言葉がふさわしい。
だからもちろん、
少し離れた砂浜に落ちている
古ぼけた赤茶色のリュックが
自分の物だとは思いもしなかった。
座りこんだまま、足元の砂浜に視線を落としていた。
なぜか胸がしめつけられる思いがした。
寂しかった。
虚しかった。
苦しかった。
居場所をなくした私の記憶が
切なく
私を呼んでいたからだったのかもしれない。
私はあの時"自由"だった。
すべてを忘れた私には責任も義務もなかった。
だけどあれが"自由"だと言うのなら、
私は自由を望まない。
カラッポを望まない。
一人を望まない。
今では、そんな事を思う。
それからしばらくすると
視界に、濡れた紺色の長靴が入ってきた。
ゆっくり顔を上げると
紫色のバンダナをした男の人が
私を見下ろしていたが、朝日が眩しくて表情は見えなかった。
彼は無言で私の手をひき
浜辺の端に建つ家へ
連れて行った。
外のとは違った、海の匂いがしたのを覚えている。
そして彼は、
小さな火が付いている囲炉裏の前に私を座らせ、
山盛りのご飯と大きな焼き魚を置いた。
「食いな」
それだけ言うと、私に背を向け部屋の隅で蛸壷をいじり出した。
私は少しためらったが、
結局は、静かに、少しずつ、それを食べ始めた。
この男の人がダニー。
そしてこれが私とダニーの出会い。
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