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「んーっ!」
春の匂いが,まだ微かに残る夏至の山の頂上で,セナは背伸びをしながら声にならない声を出した。
暖かい。まだ朝なのに体がぽかぽかと暖まっているし,いつもより風が柔らかく感じる。
「…本当に姫様はこの場所が好きですね。年に三度も訪れるというのに,飽きぬ様子が無いとは…」
セナの背後で,二十歳をすぎたぐらいに見える,ツキムという青年が,ゆっくりと言った。
「それは違うな,ツキム。年に三度だけの楽しみではないか。」
セナがきっぱり言い切ると,ツキムは苦笑した。セナが続ける。
・・
「まだあの二人はまだなのか?」
「はい。列の最後尾あたりで見かけましたが…」
ツキムが言うか言わない内にセナはツキムの間を抜け,くるりと反転し,頂上の岩の上から飛び降りると,一気に山を駆け下った。
「しまった…!!姫様!!」
ツキムは追いかけようとしたが,セナはとっくに50m先へと下っていた。
ツキムは苦笑し,
「全く,この国の姫様は…」
と言った後,「年頃だし,遊びたい気持ちもわからなくはないが」と呟きながら,山の頂上から見えるセナの後姿を見守った。
セナは今年,15になった。好奇心もあるし,礼儀正しく,容姿も美しい。そんな少女がこの,桜野里の国の姫なのだ。
セナの父は3年前から病床についている。他に跡取りはいない。12という年齢でセナは,この国の運命を背負らされたのだ。
(不運な子だ…)
ツキムは頂上の柵に左手をのせ,その姫の国,全体をまじまじと見た。
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