一・夏の記憶

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8月10日 まだ朝の10時だというのに、夏の日差しは容赦なく照りつける。 俯いてもコンクリートの照り返しで眩しい。まるで逃げ場などないようだ。 BGMは無論、蝉の大合唱なのだから否が応でも苛立つ。 ―ああ、暑い! 外川一夜(とがわいちや)は心の中で叫んだ。 一夜は、自身の通う大学の中を目的の建物に向かって歩いていた。郊外にあるという事もあって敷地は広く移動が億劫だ。 今は夏休みで生徒もおらず普段より静かだ。 暑さに耐え、やっと辿り着いたのは第三サークル棟と呼ばれる3階建ての建物だ。 サークル棟は全部で3棟あり、第一は文化系が、第二は体育会系のサークルが入っている。 第三は三年ほど前に新たに建てられ、混合で同好会なども籍を置いている。 大学内の建物は全て、有名な建築家が設計したという。 近代的なデザインらしいが、無機質な感じがして一夜はあまり好きではない。 清潔な感じが、ある種の施設や病院を連想させるのだ。 一夜は幼い頃から病院が好きではない。嫌いというよりは怖いという表現が近いだろうか。 病院で痛い思いをしたとか怖い医者にあったとか、何かしら恐怖を覚えるような経験をしたのかも知れない。 消毒液の匂いを嗅ぐだけで吐きそうな程だから余程なのだろうと思う。 誰かに聞こうにも、父も母も早くに他界して今はいない。ひょっとしたら父母の死が原因の一つなのかも知れない。 いや、おそらくそれが一番の原因であるには違いなかった。 微かに、白いベッドの上で横たわる赤い服の母の姿を見た記憶があるのだ。 そしてそこは窓のない白い部屋。 病院なのに何故、赤い服だったのか…それは分からないのだが。 追憶に思いを巡らせてふと我に返る。
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