一・夏の記憶

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玄関の大きなガラス戸は夏場と冬場は閉ざされている。 空調をきかせる為だ。 少し重いそのガラス戸を押し、中へと入った。 ひやりと冷気に迎えられ、生き返ったような心地になる。 外と中ではまさに天国と地獄程の差があった。 一階から三階までは吹き抜けになっており、天井の中央には日光が入る大きな天窓がある。 一階部分には中庭があり、樹木の下にいくつかのカフェスペースもある。 大学内は全てバリアフリー構造となっている。段差もスロープで無論、全館にエレベーター完備である。 三階までエレベーターで上がり、中庭を見下ろしながら通路をつきあたりまで進む。 一番端の一室。扉にはプレートがはめ込まれている。 『都市伝説・怪奇倶楽部』 ―いつもながら、活字で見ると胡散臭さが増すな― 一夜は心の中でツッコミを入れてから扉を開けた。 「やあ」 出迎えたのは御蔵史郎(みくらしろう)。文学部の講師であり一夜の同居人でもある。 一夜は23才でこの大学の4回生。御蔵は58才、還暦間近ながら白髪の混じる髪の毛が渋いと女生徒に好評な紳士だ。 一夜の父、洋一は御蔵が以前講師を勤めていた大学の教え子であったらしい。風の便りで洋一が死んだ事を知った。 そして、幼くして両親を亡くした一夜を不憫に思い、面倒を見たいと申し出たのだ。 以来、御蔵は一夜を息子同然として、共に暮らし生活の面倒を見てきた。 それまで独身貴族だった御蔵が、身よりのない一夜を引き取る…葬儀や手続きなど手間取ったに違いない。 それでも、20年近く側で見てきた御蔵の人柄は、時に厳しくそして暖かいものだった。 父がどんな人物だったのか覚えてはいないが、一夜にとっては御蔵以上に父として尊敬できる人間はいないと思っている。 「あれ、オヤジだけ?」 「うん…皆もう来るだろ…」 御蔵はパソコンのモニターを見ながら言う。 「何見てんの?」 一夜はモニターを覗き込んだ。 「こら、楽しみがなくなるだろう」 御蔵は手でモニターを遮った。 「はいはい」 コンコンとノックの音がした。 二人が顔を上げると扉が開いた。 「あ、やっぱり来てたんだ」 最初に姿を見せたのは霧村愛乎(きりむらあいか)一夜と同じ4回生だ。 長い髪をポニーテールにしている。大きく気の強そうな瞳が凛として清々しい印象だ。 「こんにちは」 愛乎の背後から覗いたのは土屋睦月(つちやむつき)同じく4回生だ。
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