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一・夏の記憶
1999年8月某日
―誰にも言ってはいけない…いいかい?誰にも言ってはいけない―
―目を閉じたら全て忘れてしまう事だ―
蝉の声が微かに聞こえる。
なのにここは、ゾッとする程ひんやりとしている。
瞼が重だるくて視界が狭い。
…あれは…あの子だろうか…
壁にもたれ、だらりとしなだれた肢体は生気を失っているようだ。
…何もできない…俺は無力だ…
もう一度声がした。
―誰にも言ってはいけない。二度はない―
…あいつは…いつか俺はあいつを…
指の先から赤い滴がポタポタと落ちた。
―ああ、終わりなのか―
そう呟いて、ただそのまま、崩れ落ちた。
失われゆく体温を温めたのは、皮肉にも自身が流した生温かい血だった。
―寒い
―こんなのは
―こんな最期は嫌だな…
目を閉じると、意識は遠退いていった。
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