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「それは根も葉も無い噂話だ」
不愉快なことを言われたとばかりに蒲生は吐き捨てる。彼が二の句を告げるよりも早く、藤島は再び食堂へ歩き出す。今度は蒲生も呼び止める事はなかった。
「藤島じゃん。朝早くから出勤とは感心ね」
食堂に入った藤島が朝食の匂いを吸い込むよりも早く、声が掛けられる。声の主は入り口すぐのテーブルについている、背の低い女性だった。藤島は慌てて彼女の傍に駆け寄った。
「おはようございます、山本教授。今日も徹夜でしょう、お体は大丈夫ですか?」
女性は細面の顔だが、子供っぽさを残した顔立ちだった。髪は短めで、肩の辺りで揃えている。しかし藤島と同じか、それ以上に野心を秘めた目つきだった。細い眉にかかる前髪を掻き上げて、山本と呼ばれた女性が目を細める。
「別に。設備使わせてもらってるし、休む時間が惜しいだけ」
山本は白衣のポケットに入っていた封筒の中から手紙を取り出して読み始めた。目が悪いのか、随分と目を近付けていた。小さな皿に乗っている野菜バーに空いている左手を向けようとして、思い出したかのように藤島の方を向く。
「あれ動かした?」
山本が食堂の左端にあるテーブルを指差した。藤島はそれに頷く。山本は持っていた封筒をぽいと投げ捨てて立ち上がり、そのテーブルの方へ向かった。
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