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夕食前のひとときを、縁側で買ってきた羽子板を眺め、楽しかった外出の余韻に浸っていれば。
「おきっ…た先生!」
…今、お気楽って言おうとしてなかった?
お気楽先生を知っているのはこの屯所でただ一人。
内心不機嫌になりつつも、人の良い笑みを張り付けて振り返れば。
予想通り、そこには市で会った馬越の姿。
「あのっ、密先生、僕のこと何か言ってませんでしたかっ?」
…相変わらず間の悪い。
不機嫌さを増した心中を隠し、笑みを張り付けたまま即答する。
「特には何も。」
ガックリと頭を垂れる馬越。
いい気味だけど、まだ足りない。
「あっ、でもそう言えば…。」
思い出したように呟けば、ガバッと上がる馬越の顔。
期待させといて…、
「気長に断る、とおっしゃってましたねぇ。」
容赦なく潰す。
…あぁ、快感だ。
内心密かに落ち込む彼の反応を楽しみつつ、再び今日の余韻に浸る。
聡い彼女のことだから。
馬越とのやり取りで何かに気付いてしまうかもしれない、そう思っていたけれど。
偽名であることがバレてしまったが、そのことで批判されるどころか、…受け止めてもらえるなんて。
全てを受け止めてくれた密先生の優しさに、いつかきっと応えたい。
もし彼女の身に何か禍がおきるのであれば、自分は全力でその盾となり、守り抜いてみせよう、とさえ思う。
そんなことを考えていれば。
「おきっ…た先生っ。沖田先生!」
あぁ、まだいたの?
って言うか、またお気楽先生って言おうとしてなかった?
馬越から話しかけられていたことに気が付き神経をそちらに向ければ。
「密先生、何がお好きですかね? 匂袋とか、髪紐とか? 取り合えずは花ですかね?」
なんて真剣に聞いてくる。
その瞳はまるで恋する乙女。
断られたというのに諦めない、不屈の精神で恋を語る馬越を少し呆れて見やる。
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