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「ほんまに御世話になりました。お医者様のお働きを間近で見れて、よう勉強になりました。」
宗次郎さんとお出かけした翌日、伊佐さんの女中仕事が最後の日を迎えた。
「いやいや。こちらこそ世話になったな。お父上にもよろしくな。」
にこにこと乾先生が言葉をかける。
「お妙さん、ほんまにごめんなさい。そして大きに。今度は先生方のお手伝いとしてお店の方にも来てな。それと…お幸せになぁ。」
「ありがとうございます、伊佐さん。」
二人にしかわからない笑みを交わし、そっとどちらともなく手を握り合う。
そして乾先生とお妙さんは患者を診るために先に戻り、キムタケ先輩と私は門の外までお見送りすることに。
「うちはここで。お二人とも、ほんまに大きに。お騒がせしたのに最後まで働けて、嬉しかった。短い間やったけどお手伝いできて良かった。」
明るく、可愛らしい笑みをみせる伊佐さん。
なんだかあっという間の二週間だったけど、彼女にとってはいろいろな経験をした二週間だったんだろうな。
来たときよりも少しだけ、大人びた表情を覗かせている。
「こちらこそとても助かりました。ご飯もどれも美味しかったです。ありがとうございました。」
「またお店の方へ伺います。伊佐さん、ありがとうございました。」
そう言って、その後ろ姿を二人で見送っていれば。
数歩行ったところでくるっと振り返り、こちらに小走りで戻ってくる伊佐さん。
伊佐さんはまっすぐキムタケ先輩の前へ。
「木村センセっ。うち、木村センセがずっと好きやった!」
「………えっ!?」
驚くキムタケ先輩。
…気付いてなかったんだね、やっぱり。
「あのっ、お気持ちは嬉しいのですが、私には…」
「ええ、知ってます。」
ニッコリとキムタケ先輩の言葉を遮る伊佐さん。
「お妙さんがお好きなんやろ? 早ようくっついてください。そしたらうちも早ように諦めつきますからっ。」
そう言われ、ボンッと真っ赤になるキムタケ先輩。
そんなキムタケ先輩を見て一瞬切なそうにして…けれどもすぐに明るい笑顔で伊佐さんは笑う。
「木村センセ、密センセ。また店の方で。では失礼しますっ。」
そうして弾むような声と笑顔で冬の街をかけていく後ろ姿を、キムタケ先輩と見送った。
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