とある出逢いのお話

5/10
前へ
/10ページ
次へ
「…もう一度、尋ねます」 「ん?」 軽い握手を済ませ、二人は顔を見合わせる。 「貴方は神の化身ですか?それとも、ただの野良犬ですか」 そして、椿はこの日二度目となる質問を投げ掛けた。 「は、神?」 きょとんと目を丸くする少年…いや、笹羅。 「縁結びの神、の社の下で行き倒れていらしたので」 だが椿はやはり淡々と返す。 「ああ!あれ縁結びの神だったのか!いや確かにそうだなっこうしてあんたと出会えたのも何かの縁だ!運命かもなっ」 そして、そんな笹羅の返事を聞き、結論。 「…野良犬の方ですね」 そうやって一人で頷き、椿は最後の食器を一つ、盆に乗せた。 「申し訳ありませんが、私は既婚者です。例え何かの縁があったとしても、それ以上はありませんよ」 「え?あ…いや、別に変な意味じゃなくて…!」 笹羅の一見軽い装いが誤解を呼んだのか、椿はやや目を細めて静かに交わした。 だが 「それに…あれは名も無き神です。いつから祀っているのか、此処で生まれ育った私でも解りません。ただ…」 続けてそう言うと、語尾を濁したまま言葉を終わらせた。 「ただ、なんだ?」 「いえ何でもありません」 当然の如く笹羅は問い返すが、椿は軽く流し、視線をふと庭の大木へ向けた。つられて、笹羅もそちらへ目を向ける。 「あの木…」 「桜の木です。ご存知ですか?本来ならば薄紅色の小さな花を幾千と咲かせる美しい木です」 椿は笹羅の呟いた言葉に答えると、『あれを』と続けて掛け軸へ視線を動かせた。 「その掛け軸も、あの木も、曾祖父の代から此処に在り続ける宝です」 そこに描かれているのは、まさに彼女の言う通り。薄紅色の花を満開に咲かせた、美しい大木の姿だった。 「ああ…!あれが桜か!春の国に行った時、見た気がするな」 「そう…花は春の国でしか咲かない。この、秋の国の気候では、あの木が花を咲かせる事はありません」 そう言うと、椿は小さく溜め息を吐いて僅かに目を伏せた。 「…あんたは見た事ないのか?」 「ええ、満開の桜は」 「見たいとは思わないのか」 「思わないと言えば嘘になりますが…もう良いのです」 だがそうやって笹羅の問いに答えると、椿は小さく笑った。 「細やかながら、夢を見せてくれた人が居るので」 穏やかで、幸せそうな笑顔。笹羅が此処へ来て初めて見た彼女の笑顔だろう。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加