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「…もう一度、尋ねます」
「ん?」
軽い握手を済ませ、二人は顔を見合わせる。
「貴方は神の化身ですか?それとも、ただの野良犬ですか」
そして、椿はこの日二度目となる質問を投げ掛けた。
「は、神?」
きょとんと目を丸くする少年…いや、笹羅。
「縁結びの神、の社の下で行き倒れていらしたので」
だが椿はやはり淡々と返す。
「ああ!あれ縁結びの神だったのか!いや確かにそうだなっこうしてあんたと出会えたのも何かの縁だ!運命かもなっ」
そして、そんな笹羅の返事を聞き、結論。
「…野良犬の方ですね」
そうやって一人で頷き、椿は最後の食器を一つ、盆に乗せた。
「申し訳ありませんが、私は既婚者です。例え何かの縁があったとしても、それ以上はありませんよ」
「え?あ…いや、別に変な意味じゃなくて…!」
笹羅の一見軽い装いが誤解を呼んだのか、椿はやや目を細めて静かに交わした。
だが
「それに…あれは名も無き神です。いつから祀っているのか、此処で生まれ育った私でも解りません。ただ…」
続けてそう言うと、語尾を濁したまま言葉を終わらせた。
「ただ、なんだ?」
「いえ何でもありません」
当然の如く笹羅は問い返すが、椿は軽く流し、視線をふと庭の大木へ向けた。つられて、笹羅もそちらへ目を向ける。
「あの木…」
「桜の木です。ご存知ですか?本来ならば薄紅色の小さな花を幾千と咲かせる美しい木です」
椿は笹羅の呟いた言葉に答えると、『あれを』と続けて掛け軸へ視線を動かせた。
「その掛け軸も、あの木も、曾祖父の代から此処に在り続ける宝です」
そこに描かれているのは、まさに彼女の言う通り。薄紅色の花を満開に咲かせた、美しい大木の姿だった。
「ああ…!あれが桜か!春の国に行った時、見た気がするな」
「そう…花は春の国でしか咲かない。この、秋の国の気候では、あの木が花を咲かせる事はありません」
そう言うと、椿は小さく溜め息を吐いて僅かに目を伏せた。
「…あんたは見た事ないのか?」
「ええ、満開の桜は」
「見たいとは思わないのか」
「思わないと言えば嘘になりますが…もう良いのです」
だがそうやって笹羅の問いに答えると、椿は小さく笑った。
「細やかながら、夢を見せてくれた人が居るので」
穏やかで、幸せそうな笑顔。笹羅が此処へ来て初めて見た彼女の笑顔だろう。
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