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逃げなくては。
回転の鈍い頭がようやく弾き出したのはそんな当たり前なこと。
だが、その当たり前なことが、今の私には酷く困難な状況だった。
身動きを封じられ、
目の前に広がる凄惨な光景と不快な死臭が思考を鈍らせ、
行き場を無くした吹き溜まった空気が、空間内でビュォウビュォウと唸るように駆けずり回る音が、私の心を黒く染めていき、唯一の頼りの触覚から体温の感覚すら削ぎ落とそうとしている。
時折耳に挟まる見張りの新聞紙をめくる音が、
涙腺決壊の警報ブザーのような気がして、もう6月に入ろうとしているのに私の全身は盛大に震えていた。
もしも私の人生が映画なら、ここで私はルパン三世並の縄脱けを披露してみたり、
正義の味方を体現したような友人が単身乗り込んできたりするのかも知れないが、世の中そんな奇特な展開などある筈はないのだ。
あいにく私にそんな縄脱けスキルはないし、驚異的な洞察力と推理力で私を救出にきてくれる友人などいない。
この展開こそイレギュラーだが、あくまでも私はどこまでも普通なのだ。
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