19人が本棚に入れています
本棚に追加
春の風が駆け抜ける……。
心地よい日和のした、生徒全員に向けて最後のエールの言葉が贈られた。
「みなさん、ありがとう。今日という日は人生の分岐であり……」
校長のながながとした毎年同じような型台詞が響き渡る体育館に恋はいなかった。
町の中にはもうみない小さな商店、今では歴史を感じさせる。
「今日卒業式だったのに……。手伝いさせてごめんね」
カウンター奧にある一枚戸先の家から母親の声がきこえた。
「ううん、卒業式なんて行ったって退屈だもん」
恋(れん)はカウンターからそう返すと陳列棚の商品を整理しはじめた。
(卒業式なんて……)
三年という年月のなかで仲良くなった友達、お世話になった先生に別れを……なんてことじゃなく、卒業式に出たというレッテルがほしかっただけなのだが、昔から足の悪い母親から店番を頼まれたら断れる性格でない恋は了解するしかなかった。
「お母さん病院いってくるから、店お願いね」
そういうと母親は重い腰を上げた。
「気をつけてね」その一言に皮肉を込めたつもりだったのだが母親は気にもとめなかった。
卒業式は終わった。
みんなは高校で知り合った仲間に最後の馴れ合い?ていく……。
(何が卒業式だ、面倒くさい……)
昔から学校の集まりや集団行動が嫌いな海斗(カイト)は、いち早く帰りの支度をして学校を飛び出した。
家に帰る途中、幼なじみの商店に通りがかった。
「ここで昔がむしゃらに遊んだちびっ子時代……、面白かったのに」
何も着飾らない子供時代、その反対に何かと枠に当てはまらせようとする大人の目線やこうでなければ周りに遅れるという疎外感、会話に気を使う大人の世間に嫌気をさしていた。
(この商店さびれたな……)
昔の思い出に十分浸ったあと帰途の一歩をふみだした。
「あれ?海斗君……じゃない?」
恋は昔一緒に遊んだ男の子に似ている男の人に声をかけた。
「そうだけど、誰?」
ふと幼なじみに会った親近感と同時に、気安く男性に声をかけてしまった自分がむず痒くなった。
「神無月……、です」
自分を奮い立たせてやっとそう答えられた。
「恋ちゃんか。久しぶりだね。元気にしてた?」
そう言われて元気だよっていう返事が当たり前なきがして
「ぼちぼち……かな。海斗君は?まだ木登りしてる?」
私の返事が正解なんて考える余裕はなかった。
「木登りなんてとっくに卒業だって」
最初のコメントを投稿しよう!