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「それじゃ、契約成立だね」
舞原の言葉に頷き、私は観念した様子を出しながら言葉を放つ。
「じゃ、もう私は『稲垣香澄』では無くなるんでしょ? 覚悟はしてるから、その辺りのことはお任せするわ」
「へえ、肝が据わってるんだねえ。素晴らしいよ、たまに君がきょーちゃんに見えるときがあるくらいだ」
「あの女の影を私に求めるのはやめてくれない? 虫唾が走るわ」
「そっか。ごめんね。じゃあ響子がきょーちゃんだから、君のことはかーちゃんって呼ぶことにしようか」
「やめてくれない!?」
この状況で馬鹿な冗談を言って笑う舞原の心中は全く理解できない。
でも、不思議と恐れは感じない。
これが、この男の人心掌握術なのか。
はたまた、本当にただの天然男なのか。
少しだけ、この男のことを知りたいと思った。
「じゃ、まずは眠ってもらうかな。起きたら君は、君じゃなくなってる。いいね?」
そんな舞原の声が遠くに聞こえる。
いつの間にか私の口には吸入器具が宛がわれており、そこから私の意識を奪うガスが出ている。
段々と薄れ行く意識に身を任せながら、私はもう一度、深い闇の奥へ堕ちていった。
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