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今までなら瞳を少し斜め上に上げるだけで朔が何かしらアドバイスをくれたり喝を入れたりしてくれた。
何故か頭の良い、というよりはきっと要領が良いのであろう彼女の頭の回転の速さには何度も助けられたし、わたしよりもずっとポジティブでいつだって前向きな彼女には救われていたのだ。
(なんて、本人には絶対教えてやりはしないけど)
けれど、理由はともかく、その朔は今はいない。その事実は確かに存在するのだ。
おちゃらけたような、無責任な声が聞こえてこないのがその証拠。
いつだって騒がしかった彼女ひとり、いないだけでこんなに静かで落ち着いていて――なんて、物淋しい。
今まで相当朔に頼っていたんだなぁ、としみじみと思ってしまう。
だから今は、ひとりでも立たなきゃいけない。考えなくちゃいけない。
そして、ふと思った。
このひとは、誰なんだろう。
「あなたの名前は、何ですか?」
「は、い?」
「わたしは名乗ったのに。あなたは名乗らないんですか?」
少し批判的になったのは、意味の分からない状態が続いて苛ついていたからかもしれない。
後から考えれば、このときは本当――、頭がどうかしていたんじゃないかとしか思えないのだけれど。
気付いたときには、その美人さんは、異物でも見るような瞳でこちらを見ていて。
やらかした、?
なんて、思っても遅い。
「…あなた、誰です?」
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