初めての人里

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「兄さん頼むよ!この通り!」 「もっと時間があれば病気の母さんと一緒にいられるんだ!」 「……分かった」 負けました。 無理だ無理だ。僕の精神力では。 無理だ無理だ。耐えられない。 土下座をされて、こんなこと、言われたら。 耐えられるはずがない。 ジ・エンド。 てな感じだ。 しかも人目も増えた中で断ったら僕への印象もだだ下がり。 これも番頭さんの策略か? ああもう。 「はあ……」 溜息が出る。 意識的だけど。 しかしまあ。 「やったー!これで寺子屋に行ける!」 「お母さんといっぱいお話し出来る!」 これで良かったのかもね。 「いやー嬉しいですな。琢磨君がうちで働いてくれるなんて」 時は飛び、場所はあの丸いおじさんの仕事部屋、もとい、巨大達磨部屋。 おじさんは嬉しそうにニコニコしている。 いや、雇い主になる訳だからおじさんではなく旦那様、と呼ぶべきか。 でもまだ僕は雇われてないから別にいいかな。 何にせよ、その笑顔が子供達とは違い何処か黒いものを含んでいる気がしてならないのだが。 「琢磨君も子供達に迫られては断り切れないようでしたからね」 隣にはこれまた笑顔の霖之助さん。 その笑顔さえも今の僕には黒く見えてしまう。 これは僕が捻くれているだけなのだろうけど。 それでも、僕の中での霖之助さんの評価が、神から頭の上がらない人へとランクダウンしたのは間違いない。
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