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雲一つない夜空の中に浮かぶ満月。その月から漏れ出す淡い黄金色の光が、起伏に富んだ夜道とそこを走る一台の荷馬車を照らしていた。
道の隆起に合わせ、馬車の車輪がガタガタと音を立てながら地面を掴む。
普段であれば砂利や木の枝が散乱する道も、季節のせいか散り落ちた桜の花びらで装飾されていて、艶やかな桃色の道を作り出していた。
とはいうものの、花びらは一切合切すでに木々から落ちた後で、桜の樹木は葉桜どころか深緑の葉を青々と茂らせている。
春、ではあるがそれも半ば。
北方にある故郷の桜もそろそろ散る頃だろうか。
馬車の荷台に乗った全身黒づくめの男──ウィリアム・ハートフィールド──はそんなことを考えながら、通り過ぎていく風景を見送った。
馬車が上下するのに合わせて黒の長髪と外套が揺れる。
傍らには山積みの木箱が。
彼自身、御者から聞いた話だから詳しい事は知らないが、何やら近くの都市国家で豊穣祈願の祭りがあるのだとか。その関係で祭りに使う物資を都市国家に運び込まなければならないらしく、また、その祭りが結構な盛況をみせるのだという。
木箱の中身は不明。説明も受けていない。
しかしてそれはウィリアムにとってはどうでもいい事だった。
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