序 章 炎の剣と黒傭兵

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 鮮血噴き出る牡馬の生首が、道端を埋め尽くす桜の花びらを蹴散らすように歪に転がる。  血の匂いを嗅ぎつけ、それに群がる狼たちを確認したウィリアムは、空いた右手を虚空にかざしながら、 「《形は剣、その意は赤。ただ純粋にお前を抱きしめよう──》」  瞬間、左手に携えた長剣が爆ぜるように燃え上った。  剣が纏った炎は一瞬で巨大化。刀身一メートル弱だったロングソードは本来の形状を大きく上回り、全長十メートルは下らない大炎剣を作り出していた。  天高く掲げられる炎刃。  燃え上る炎は熱風を巻き起こし、直後には狼の群れに向かって叩き付けられた。  ゴバッッ!!!! と轟音が木霊すると同時、炎で形成された長大の刀身が炸裂。燃え盛る炎が爆ぜて飛び散り、シルバリオンたちの銀毛を、肉を、骨を──全てを焼き尽くし、掻き消えたころにはそこには何も残っていなかった。  東の空が明るい。  太陽は地平線をのぼっているのだろうが、背の高い山々に隠れ、未だうかがい知ることはできない。証拠に、陽光を背にした山の麓や石造りの城壁の隅には少し夜が残っていた。  城壁の近くには馬車が。  荷台の大きさの割には荷物が少なくがらんとしていて、それをけん引してきた栗毛の馬は時折寂しそうに鳴いていた。 「悪かったな。守れなかった……」  ウィリアムがそう言ってたてがみを撫でてやるが、掌の感触が気に入らなかったのか馬は二、三度首を振ってそっぽを向いてしまった。  おそらく、死んでしまったあの牡馬はつがいだったのだろう。
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