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「それって、なんだか気味が悪いな。俺は嗅いだ事ないのに」
「棗は鈍感だから、わからないのかも」
佐貴良は笑って言ったが、棗は気が気ではない。
佐貴良が知っていながら、知らせなかったことが棗に巨大な影を見せた。
自分に聞こえてくる噂よりも、伝わらない話の方がより質が悪い。
佐貴良がそれから棗を守っていてくれたのだが、どうもその優しさが素直に受け止められなかった。
「佐貴良はいつぐらいから、知ってたんだ?」
思わず早口になって、低い声がでる。
はっとして、佐貴良を見ると、申し訳なさそうに下を向いていた。
彼の繊細さはまるで触れれば散ってしまう花びらのようだ。
そのことは、棗が一番承知していたはずだったのに。
特にこうして、下をむいて頭を垂れている場合は、何もかもを悪く考えてしまうのがおちだ。
「それって、何かの思い過ごしだよ」
棗はぱっと立ちあがって、精一杯明るく言った。
そうだ、そうだ。そうに決まってる。
雲ひとつない夜空はまるで砂糖を散らしたかのように白々光る星が瞬いて、棗の心にあったもやもやをもう既にきれいさっぱり拭い去ってしまった。
佐貴良は、不安な目で棗を見ていたが、やがて雲ひとつ掛かっていない棗の表情に安堵の笑みを浮かべた。
「さあ、帰ろっか」
「ああ」
夏の夜に近い晩春の夜は、涼しい 風が心地よく二人を家へ送り届けるように、優しく吹いた。
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