近江【都の男】

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昨日の晩が嘘のように、棗の気分は最高にすがすがしかった。 いつもよりずいぶん早く起きると、朝靄の中に小さな鈴の音を聞いた。 (おお。早いな。もう、練りの練習をやってるのか) 目を凝らすと見えてきそうなほどに、近くで音がする。 穏やかな鈴の音色だ。 高音が寝起きの耳に心地よく響いた。 (また、寝てしまいそうだけど…) 今度寝ると、きっと昼まで起きられない。 棗は、こんなに寝起きの良い日はなかったのでもったいなかった。 (神社まで練習でも見に行ってみるか) そう思うやいなや、朝の湿った土に足を踏み出した。 ひんやりした土が足の裏を押す。 たまらなく開放的な気分だ。 しばらく均されていない草ばかりの道を行く。 すると、神社が見えてくるはずだった。 (あれ?こんなに遠かったっけ?) 棗は考えなしに走っていたが、なかなか見えてこない神社に不安がよぎった。 (さっきから、鈴の音は大きくなっているのに) あたりはすっかり、立ちのぼった霧で前後左右がはっきりしない。 白い中に見えるのは、自分の足元と、その下の草くらいだ。 棗は立ち止ってあたりを見回した。 何も見えない。 完全に道を見失っていた。 (うそだ。どうして) 今までこんなことは一度もなかった。 霧が出ても、生まれてからずっと暮らしているこの土地で迷うことなんてない。 霧も山風ですぐに消える。 突然地形が変わってしまうことがなければ、棗には目をつむって家から社まで行きつく自信すらあった。 (こんなの、おかしい) 手に嫌な汗をかいていた棗が、手を衣の裾でぬぐったその時だった。 鈴の音がふいに近くでなりだした。 先ほどまでと比べ近くで聞こえる。 しかも、その音とともに歩く者が数人、ざっざっという軽快な足音とともに近付いてきていた。 その足音は奇妙なほどそろっており、乱れを知らぬようだ。 (練り行列か……) 目を凝らすが全く見えない。 しかし、足音だけが急速に迫ってくる。
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