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しばらくして、裾の濡れた衣をはたいていた棗の様子を、佐貴良が見にきた。
どうやら、馬小屋の向こうで星を見ていたらしい。
夜露で濡れた衣の裾をこちらも払っていた。
「棗一人にすると不安だな」
「なんで?」
「また、川に流されないかってね」
佐貴良は冗談混じりに言うと、棗を見た。
「そんな馬鹿は二度としないよ」
「いや。わかんないよ」
馬鹿にされたと思い口をとがらせる棗を見て、佐貴良は笑いをこらえてうれしそうにしている。
まんざら佐貴良の言うことも間違いではないところが、棗にとって痛いところだった。
何も考えずに、野原を駆け回ってウサギの罠にかかったことも、川を駆け上がってドジョウの罠にかかったこともあった。
その度、佐貴良は泣きそうな顔をする。
でも、棗が無事だとわかるや否や、床に伏せっている棗を、腹を抱えて笑うのだ。
「おうーい。お前ら馬と馬具は完璧にできたんだろうな」
馬小屋付近で大きな声が上がった。
川べりで対峙していた二人は、ほぼ同時にふりかえる。
そこにいたのは、二人の雇い主・重信だった。背の割に大きな声を出す彼は、二人にとって父のような存在だ。
「ちゃんと、終わりました」
棗が最後に入念に洗った鞍を見て、重信はにこっと笑った。
「よし。これで、明日の祭りはうまくいくぞ。ご苦労だったな」
どうやら今日の仕事は終わりのようだ。
祭りを明日に控え、馬たちも熱気だって見える。
「明日は頑張るんだぞ」
棗は自分が一番気に入っている、葦毛の馬に小さく囁いた。
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